創造主についての話。
ここでいう創造主のイメージは
神との対話に出てくる話の中にあった、
創造主である。
でもあれから何年も経っているので、
そこに自分の経験も付加されたイメージでもある。
私が創造主の要点と捉えていることは、以下。
- 創造主は、宇宙を作った存在。
- 創造主は自分を知るために、自分の分身を放った。
- 愛を持たせなかった分身は戻ってこなかった。
- 私達は、創造主に可能性を示すための存在である。
- 創造主の分身であり、創造主と同じ存在になることが目的。
1については、そのまま。
2については、何もないところにいたら、
分身でもいいから作りたくなると思う。
3については、愛の要素を持っていない存在は、
どこかで破綻して消えてしまうということ。
裏を返せば、今の宇宙に存在する存在の中には
少なからず愛が存在する。
その愛を持てなくなったものは、滅びて消える。
4については、創造主の分身である私達が、
いろいろな可能性を創造主に示し返すことで、
創造主に変化が起こり、進化していく。
5については、時間の概念があるからとーーーっても
先の話に感じるけど、
結局私達の目的地は、創造主の元に還り、
横に並ぶことなのかな?
以上、いきなりこんな話を読んでも、
訳が分からないと思うけど、
自分としては、創造主について、
一度まとめておきたかったので、
この記事を書くことにした。
私達の本質は創造主と同じものであり、
それ以外のものにはなれない。
自由意志があると言っときながら、
そんな自由意志はなく、
導かれた方向にしか行けないのが私達だと思う。
だから、宇宙の法則に則ったことしかできないし、
宇宙の法則を変えることもできない。
だからこそ、法則に逆らったことをしてみたいと思うのは
私だけではないはずだ。
でも、逆らったことをしてみたいと
思うこと自体も仕組まれた(持たされた)もので、
それすらも、創造主に貢献していることになる…
となると、
やはり、今の我々では、
創造主の器を理解するのは到底無理と
思わざるを得ない。
だったら、自分が創造主だったら、
どういう宇宙を作りたいか考えてみるのも、
面白いかもしれない。
そういうことを考えられることが、
私達に与えられた自由になるのだろうか。
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