中庸について

「中庸」ということについての話。

 

「中庸」を検索すると、

 

中庸(ちゅうよう)とは、偏らずに過不足なく調和がとれていることを意味します。

儒教の徳目として知られており、孔子やアリストテレスも中庸の徳を説いています。
【中庸の意義】
  • 考え方や行動などがひとつの立場に偏らず中正であること
  • 過不足がなく、極端に走らないこと
  • 人と人の間の調和的な関係を重視すること
  • 不偏不倚で過不及のないこと

 

と出てくる。

 

私はいろいろとセラピーを受けていくうちに、

 

中庸という言葉が気になり、

 

とても気に入った言葉になった。

 

たぶん自分が極端な行動や思考にとることが多いから、

 

気になったのだと思う。

 

 

それに、きちんと調べたことはないのに、

 

基から知っていたんじゃないかとばかりに、

 

こんな哲学的な言葉を気に入っている。

 

 

(ただ、被害者的に、難しくて分かりそうもないことがあると、

 

分からないから、楽しいみたいになってしまうだけかもしれないけど)

 

 

過去生で中庸について、学んだことがあるのかもしれない。

 

 

で、その中庸についてだが、

 

私は常に中庸という姿勢でいたいと思っている。

 

私の理想は、

 

よい出来事が起きても、

 

悪い出来事が起きても、

 

それに囚われて、ブレないことだ。

 

 

中庸でいながら、良いことがあったら、

 

喜ぶ。

 

中庸でいながら、悪いことがあって、

 

ガッカリする。

 

 

つまり、

 

プラスに振れつつも、意識は中心にいて、

 

マイナスに振れつつも、意識は中心にいる。

 

という状態を常に持てることが

 

私の理想の居方のひとつである。

 

 

最近、自分の軸がブレることが多く、

 

他人に引っ掻き回されているから、

 

余計にそう思っている。

 

 

中庸という姿勢は、

 

セラピストやコーチとしては、重要だ。

 

 

クライアントに相槌を打ちつつも、

 

それに引っ張られないようにしつつ、

 

自分の意見を押し付けない、

 

このような姿勢でないとセラピーもコーチングも、

 

成立しないからだ。

 

 

なので、セッションを行う際には、

 

中庸の姿勢が取れるように、

 

自分を整えてから、

 

臨むようにしている次第。

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